一人、リスナー
2010年11月20日
昨日はギターアンサンブルの代表をされている知人が
年末のコンサートの協賛依頼ということで来てくれたので、
お付き合いを致しました。
その知人は比較的に高齢になってから
ギターをはじめており、ギターも色々な楽しみ方があると思いました。
そのギターアンサンブルもはじめたときには、
もう一人の友人と共にうんえいしてきたのですが、
友達が病で亡くなられてからは一人代表を務めて頑張ってきたのです。
さらに今年で年末のイベントも10周年という節目を迎え
そろそろ代表を譲り引退しようと考えているとのこと。
来年は個人的にギターのソロリサイタルを開く予定だとも。
その代表曰く、もう私も70才でこの辺でやっておかないと
出来なくなってしまうかもしれないから、
ギターをやった一つの記念にやっておきたいとのこと。
同じやるなら、那須町の文化センター大ホールでやる・・そうです。
そんな話しを一通り話した後に、ギターを弾いてもらいました。
一人で聞くにはなんと贅沢な時間なのか、と思いつつ・・・・
人生の先輩の演奏を聴く、こんな時間を持てるのも同じ趣味のなせる技でしょうか。
*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:
少しもったいないと思うこと・・・
せっかく高いお金でギターを買い、
さらに時間とお金をかけて先生に教わるにですから、
まして、高齢ながら真剣にギターの世界を追求しつつ
教わる訳ですので、
もっと本人の初めの意図をくみ取り、
レッスンの中で教える目的と教わる目的を一つにしてできない物かと
すべての先生や教室がそうではないのですが、
ギターを弾きたい人を単に商売の駒としか考えられないのは
残念なことに思えてしまいます。
こと音楽においては、絶対音感の持ち主が少しいて
相対音感の人がいて、音を聞くと色に見える人がいて・・・
さらに音楽理論や感性の違いが
教える側にも千差万別の立場がある。
教わる側にも勿論いろいろあるでしょう。
何事においても、教えることの難しさ、
教わることの難しさはあること
この世の中は、朝起きたら、お金の必要な世界
いたしかたないのかもしれませんね。
年末のコンサートの協賛依頼ということで来てくれたので、
お付き合いを致しました。
その知人は比較的に高齢になってから
ギターをはじめており、ギターも色々な楽しみ方があると思いました。
そのギターアンサンブルもはじめたときには、
もう一人の友人と共にうんえいしてきたのですが、
友達が病で亡くなられてからは一人代表を務めて頑張ってきたのです。
さらに今年で年末のイベントも10周年という節目を迎え
そろそろ代表を譲り引退しようと考えているとのこと。
来年は個人的にギターのソロリサイタルを開く予定だとも。
その代表曰く、もう私も70才でこの辺でやっておかないと
出来なくなってしまうかもしれないから、
ギターをやった一つの記念にやっておきたいとのこと。
同じやるなら、那須町の文化センター大ホールでやる・・そうです。
そんな話しを一通り話した後に、ギターを弾いてもらいました。
一人で聞くにはなんと贅沢な時間なのか、と思いつつ・・・・
人生の先輩の演奏を聴く、こんな時間を持てるのも同じ趣味のなせる技でしょうか。
*:..。o○☆*゜¨゜゜・*:..。o★。、:*:。.:*:・'゜☆。.:*:
少しもったいないと思うこと・・・
せっかく高いお金でギターを買い、
さらに時間とお金をかけて先生に教わるにですから、
まして、高齢ながら真剣にギターの世界を追求しつつ
教わる訳ですので、
もっと本人の初めの意図をくみ取り、
レッスンの中で教える目的と教わる目的を一つにしてできない物かと
すべての先生や教室がそうではないのですが、
ギターを弾きたい人を単に商売の駒としか考えられないのは
残念なことに思えてしまいます。
こと音楽においては、絶対音感の持ち主が少しいて
相対音感の人がいて、音を聞くと色に見える人がいて・・・
さらに音楽理論や感性の違いが
教える側にも千差万別の立場がある。
教わる側にも勿論いろいろあるでしょう。
何事においても、教えることの難しさ、
教わることの難しさはあること
この世の中は、朝起きたら、お金の必要な世界
いたしかたないのかもしれませんね。
Posted by raito(ありがとう) at 07:06
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